心の話

「精神疾患があるからって、お母さんじゃなくなるわけじゃない」野崎さんが望む、社会の変化とは

統合失調症と診断されたお母様について語ってくれたのは、東京都にお住まいの野崎さん。その診断を受け入れることができず、自分の気持ちに蓋をした時期もあったそうです。

お母様の病気を、どのように受け止めていったのか。野崎さんのお話を伺いました。

遠い世界の話だと思っていた精神疾患

お母様が統合失調症だと診断されたのは、いつ頃でしたか?

私が高校生のときでした。診断されたというより、私が寝ているうちに、病院に搬送されたらしいんです。朝起きてから、母が精神病棟に入院したことを祖母から聞きました。

「統合失調症」という病名も、そのとき初めて知りました。

朝起きて、お母様がいない状況は、とても驚いたのではないでしょうか…。

周りからは、とても落ち着いているように見えたと思います。祖母にも、「へぇ、あっそ」くらいしか返さなかったので。

今思うと、状況を受け止めきれなかったんだと思います。身の回りに統合失調症の人はいなかったし、まさか母がそうなるなんて思っていなかったから...。

お母様が統合失調症になるまで、精神疾患に対してどのようなイメージがありましたか?

自分とは関係のない、遠い世界の話だと思っていました。

学生のとき、「まじ病むわ~」って言う子、周りにいませんでしたか?あの言葉、私はなんとなく好きじゃなかったので使っていなかったけど、友達が使っていても気にしていませんでした。

「精神を病む」ことに対して、自分も、自分の周りの人も、無関係だと思ってたんです。

今は、そのイメージは変わりましたか?

はい。今では、それこそ風邪みたいに、どんな人でも発症することがあると思っています。

母が統合失調症にならなければ、気がつかなかったかもしれないですね。

母の病気を受け止めてから、変化した気持ち

お母様が入院して、野崎さんの環境はどのように変わりましたか?

まず、一人暮らしを始めました。

父は離婚して幼いころから別々に住んでいて、 一緒に住んでいた祖父母は地方に引っ越してしまったので...。私は地元から離れたくなくて、父に頼み込んで家を借りてもらったんです。

 一人暮らしをさせてもらえたのは、とても幸運だったと思います。母のことを、ゆっくり受け止める時間をもらえたから。

受け止めることで、自分の気持ちに変化はありましたか?

母の病気を認めてからは、とても気持ちが楽になりました。

母は、私には見えない虫を手ではらったり、誰かをものすごく敵視したり、言っていることが支離滅裂だったりすることがあって。病気だと知らなかったときは、母の行動が理解できなくてイライラすることも多かったんです。

統合失調症の症状を知ることで、「母の行動は、この病気が原因だったのか」とすとんと納得できました。モヤモヤしていたものが、答えがわかってはっきりした感じです。

お母様との関係にも、なにか変化はありましたか?

「これは病気の症状が出ているな」とわかるので、母に対して穏やかに接することができるようになりました。

母は被害妄想も強かったので、「あの人はおかしい!私の通帳の場所を知っているから、盗みに来るよ!」と思い込みが止まらないこともあったんです。病気のことを理解していなかったときは、「そんなわけないじゃん!」と否定してしまうこともありました。

だけど、母からしたら、通帳が盗まれるってとても怖いことじゃないですか。なのに、娘に言っても信じてもらえない。自分に置き換えて考えたら、本当に悲しいと思うんです。

病気のことを理解してからは、母が怖がっていることにも気がつけるようになりました。

お母様の症状が出たときは、どのようにしていたのですか?

まずは、母の言うことをしっかりと聞いて、頭ごなしに否定しないようにしました。

「通帳を盗まれる!」と言われたら、えらいこっちゃ!って思って、じゃあどうしたらいいかな?と一緒に考えるんです。

「通帳の場所を知られてるなら、別のところに移動すれば?」「ポーチに入れて、洋服の下に隠せばいいんじゃない?」とか。

気持ちを受け止めると、母も「そっかぁ、そうだねぇ」と落ち着くことが増えました。最近は、お薬が合っているのか、症状自体が安定しています。

母を支えているのと同じくらい、母にも支えてもらっている

お母様のサポートをする際に、周りの方の手助けはありましたか?

姉がいるので、お互い時間があるほうが母の病院に付き添ったり、協力しながら母をサポートしています。ケースワーカーの方に相談したり、救護施設の方に手助けしてもらうこともあります。私ひとりでは、きっとパンクしていたと思います。

ただ、母を支えているのと同じくらい、母にも支えてもらっているんですよ。

れは、例えばどのようなことで?

今まで育ててもらったのはもちろんですけど、料理のレシピを電話で教えてもらったり、母からの年賀状やお手紙にほっこりさせてもらったり。

母は縫い物も得意なんです。一度、お気に入りのニットがほつれてしまったときに、母が完璧に直してくれたことがあって。新品のようになって返ってきたので、驚きました。

一方的に、野崎さんだけが支えているわけではないんですね。

そうです。母が笑ってくれるだけで、うれしくなるときもありますよ。

姉も含めて、母のことが大好きなんです。小さいころとても甘やかしてもらったので、2人ともマザコンになったのかもしれないですね(笑)

病気で周りの人をどれだけ敵視しても、姉と私だけにはやさしくて、母として守ってもらっていると感じることもありました。今でも、外を歩くときは手を繋ごうとしてくるんです。恥ずかしいけど、ちょっとうれしくもあるんですよ。

精神疾患があるからって、お母さんじゃなくなるわけじゃない

野崎さんと同じように、ご家族が統合失調症になった方に、伝えたいことはありますか?

まずは、自分ひとりで抱え込まないことが大切だと思っています。

特に金銭面では、条件がクリアできるなら生活保護も視野に入れて、みんなが楽に暮らせるような土台を整えたほうがいいと思います。

母も、生活保護をもらって暮らしているんです。生活保護についていろいろ言う人がいることは知っているけど、私に母を養うほどの財力はありません。生活保護がなければ、母も私も、とても苦しんだろうなと思います。

あとは、精神疾患がある方って、それだけで「精神病の人」として見られてしまうことが多いので、せめて家族だけは「その人自身」を見てほしいなと思います。

世間では、理解のない意見もありますもんね…。

そうなんです。風邪をひいた人は、ただ「〇〇さんが風邪をひいている」と見られるだけなのに、精神疾患があると、「精神病の人」と一括りにされてしまう。「〇〇さん」のところが、すぽっと抜けてしまうんですよ。

私の母は、「統合失調症の人」じゃないんです。「統合失調症になったお母さん」で、それは「甘いものが好きなお母さん」「風邪をひいたことがあるお母さん」「天然なお母さん」と同じように、補足情報がプラスされた状態なんです。

精神疾患があるからって、お母さんじゃなくなるわけじゃない。このことは、忘れないようにしたいです。

精神疾患に対して、社会がどのようになっていけばいいなと思いますか?

精神疾患に対して「甘えだ」「やる気がないだけ」と言ったり、「頭がおかしいから近づかないほうがいい」「なにか変なことをされるかも」と過度に拒否する声があるのは、とても悲しいなと思います。

母のことを身近な人に話すこともあるんですけど、こちらがオープンにすると、「実は私もパニック障害があって…」「実は姉がうつ病で…」と話してくれることもあるんです。言っても大丈夫だと、安心してくれるのかもしれないですね。ただ、簡単には言えないことなんだなぁと残念でもあります。

自分や家族の病気を隠さなくてもいいような、理解のある環境になっていけば、みんなもっと生きやすくなるんじゃないかなぁと思います。

お母様に、なにか伝えたいことはありますか?

まずは、反抗期でごめんね。これは、実際に母に伝えたんですけど、「反抗期なんてあったっけ?」と笑われてしまいました。かないませんね。でも、もう一度ここで言います。

あとは、たくさん褒めてくれてありがとう。母のおかげで、自分が好きになれたと思います。母にも、人生が楽しいと思ってもらいたいし、いっぱい笑っていてほしい。

これからも、一緒にたくさん、遊びに行こうねって言いたいです。

ここまでお読みいただいた方、本当にありがとうございます。実は、このインタビューは、自分に対してのものでした。「野崎さん」は私です。

誰かに話を聞いてもらうことで、自分では気がついていない気持ちが、見えてくるように思えたのです。だから、自分で自分にインタビューをすることにしました。仕事でインタビューをするときのように取材企画書を作って、自分ではなく「野崎さん」に話を聞いている気持ちで、この記事を書きました。

「母を支えているのと同じくらい、母にも支えてもらっている」という言葉は、このインタビューで引き出してもらった言葉です。自分ばかり支えていると勘違いしそうになることもあるけれど、母がいることで助けられていることもたくさんある。このことを、これからも忘れないようにしたいです。

こんな機会をいただいて、本当にありがとうございました。