エッセイ

息ができない水の中で、心だけは息をしている

こぽこぽと耳元で聞こえる水の音が好きだ。口から吐き出された空気がきらきら水面に上がっていくのも、自分のシルエットが水中のライトで壁に映し出されるのも、とても好き。

週に何度か、私はひとりで近くのダイビングプールに遊びに行く。3mとそこまで深くないけれど、体をすべて水の中に沈めてぶくぶく遊んでいるのはおもしろい。体を鍛えるためではなく、運動不足を解消するためでもなく、ただ「遊ぶ」ために通う。ここが重要。

遊ぶことを目的にしているから、水面にぷかぷか浮いているだけのときもある。かと思えばジャックナイフ(体を折り曲げて頭からぐっと水中に入っていくダイビング手法)でプールの底まで耳抜きをしながら潜り、ひとり息止め選手権を開催することもある。

ジムの中にあるダイビングプールなので、そこまで混み合うこともない。ジムに通うおじさまおばさまは、マシンやヨガ、泳ぐにしても普通の25mプールに行くからだ。

人気のないダイビングプールは私のもの、ひとりじめ!最高だ!どれだけ激しく回転しても、プールの底で寝転んでも、ドルフィンキックではしゃぎまわっても、誰にも邪魔されない。ただひたすら「遊ぶ」ことに没頭して、飽きたらミストサウナで汗をたっぷりかいて帰る。

 

仕事が詰まっていても、考えなきゃいけないことがあっても、水の中までは持っていけない。パソコンも使えないし、考えをメモにまとめることもできない。SNSもチェックできず、誰のLINEも気がつかない。

いやでも電子機器を持ち込めない場所に行くことで、パンクしそうな頭をいったんクールダウンして、水着から服に着替えるときには、またネットの世界が恋しくなっている。

いわばネットから逃れる強制収容所のようになっているのかもしれない。それでも、収容所の中はとてもきれいだし、水の中は気持ちがいいし、冷えた体をミストサウナで温めることもできる。しかも罪を犯さずとも、月額料金を支払えば入れてもらえる。

 

人間もきっと、電子機器と一緒でオーバーヒートするときがある。ウイルスソフトを見直したり、サポートセンターに問い合わせるのもいいけれど、しばらく使うのをやめて、ゆっくりさせてあげるだけで復活することもある。

その「ゆっくり」が、私の場合は「プールで泳ぐ」。たまに「カフェでお茶する」「映画を見る」「ひたすら寝る」ことが有効のときもある。自分がオーバーヒートしたときに有効な手段がなにか、知っておくだけで生きることはずっと楽になる。

ちなみに「やる気でなんとかする」選択肢は私の中にはない。やる気スイッチなんてものは私の体のどこを探してもないし、「君のやる気スイッチを見つけたよ!」と言われても全力で聞こえないふりをする。そんなものない、あってもいらない。勝手に見つけないで。

 

プールの中はひとりきり。どんな情報も私には届かない。それでいい。陸に戻ったらまた、誰かと関わって生きたくなるから。