エッセイ

人を羨むことをやめたい。でもやめられない。だから嫉妬をやる気に変える。

昔から嫉妬心が強かった。

人の食べるものがおいしそうに見えるし、自分ができないことができる人にはつい「すごいなぁ。いいなぁ」と言ってしまう。

「すごいなぁ」だけならいいのに、そこに「いいなぁ」がくっつくと、途端に言葉がチープになる気がする。「私のできないことができていいなぁ」ということだ。その人の努力や、できることでの苦しみをなにも知らないのに、私から見えているキラキラしている部分だけを羨ましがって、つい言ってしまう。

「いいなぁ」

巷では嫌われがちの「一口ちょうだい」も、私はつい言ってしまう。人が食べているものがとてもおいしそうに見える。私もそっちにすればよかったな、と思うことも多い。自分の手の中にあるものじゃ満足できず、ついわがままにお願いしてしまう。

「一口ちょうだい」

人を羨むことは、自分に自信がないからだと聞いたことがある。私は自分のことが大好きだけど、確かに自信があるわけではない。むしろ欠点が山盛りだなと思っている。もっとこうなればいいのに、もっとああできればいいのにと、自分に対して思うことも多い。

だけど、たとえば私がローラみたいに超美人になっても(私が憧れてやまないのはモデルのローラさん。とてもかわいい。憧れる。)、東大に余裕で一発合格できるくらいの頭脳を手に入れても、ウサイン・ボルト級に足が速くなってオリンピックで優勝しても、誰かを羨むことはやめられないと思う。

海のそばで波の音を聞きながらスローライフを楽しんでいる人を見れば、「心に余裕がありそうでいいなぁ」と思う。

都会のブティックをヒールで練り歩き、クレジットカードで欲しいものを欲しいだけ買っている人を見れば、「華やかな生活ができていいなぁ」と思う。

『書くこと』に関しては、特にそう。

人気のライターさんやブロガーさん、小説家やエッセイストを見ると、「書くことが求められていていいなぁ」と思う。

汚い嫉妬心がぶわわわと溢れ出しそうになって、いやいや私は私なりにがんばろうと思い直そうとする。それでも、自分ではとうてい書けないような素敵な言葉たちを見るたびに、すごいなぁと思う反面、悔しくて悔しくてたまらない。羨ましくて、妬ましくて、私だって同じテーマで書けばきっと、なんてあさましいことを思ったりする。

人気のライターさんが、どんな思いでライターになり、どんな思いで文章を書き、どんな思いで今その場所にいるのか。なにも知らないのに、なにも知らないからこそ、単純に思ってしまう。

「あぁ、羨ましいなぁ」

人を羨まずに、人を妬まずに。心穏やかに生きられたらいいだろうなぁ。それでも私はこれからも、人を羨むことをやめられないんだろうなぁ。

だから、そのどろどろのぐちゃぐちゃを、せめて私の活力に。嫉妬心をやる気に変えて、自分が書けることをひたすら書いていくしかない。それしかできない。でもそれはできる。書いて書いて書いて書いて、書きたい欲が空っぽになるまで書いて、あぁもうなんにも書けないやってところまでいったら、そのときまた考えよう。

書くことしかできないなんて言えるほど、物書きではないけれど。いいなぁいいなぁって思いながら、今日も私はパソコンの前に座ります。今日も明日も、明後日も。